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東京地方裁判所 平成8年(レ)81号 判決 1997年1月28日

控訴人

株式会社北欧商会

右代表者代表取締役

唐澤英樹

右訴訟代理人弁護士

三木祥史

被控訴人

株式会社麹村はらだ

右代表者代表取締役

原田ヒサ

右訴訟代理人弁護士

福田浩

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  申立

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

本件は、被控訴人が控訴人に対し、賃貸借契約の更新料支払約定に基づいて更新料六〇万円及びこれに対する支払催告日の翌日である平成七年六月四日から支払済まで日歩一〇銭の割合による約定遅延損害金の支払いを求めている事案である。

一  争いのない事実等(括弧内に証拠を摘示した他は、当事者間に争いがない。)

1  (賃貸借契約の締結)

被控訴人は、昭和五〇年六月五日、控訴人との間で、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を賃貸する旨の契約を締結し、以後更新を重ね、平成三年六月五日ころ、以下の約定で賃貸借契約(以下「本件賃貸借」という。)を締結した(甲第一号証)。

① 賃料 一か月 三〇万円

② 期間 平成三年六月五日から三年間

③ 目的 店舗(喫茶店に限る。)

④ 更新料 更新する場合、賃借人は、賃貸人に対し、更新料として新家賃の二カ月分を支払う(以下「本件約定」という。)。

⑤ 遅延損害金

賃料、管理費、実費その他の賃借人の債務の遅延については、日歩一〇銭の割合による遅延損害金を賦課する。

2  (法定更新)

被控訴人は、平成五年七月ころ、控訴人に対し、無断転貸を理由とする本件賃貸借解除を主張し、本件建物の明渡請求訴訟を提起したが(以下「別件明渡請求事件」という。)、同七年五月一〇日、無断転貸はなかったことを確認する旨の和解が成立し、従前の本件賃貸借は存続することとなった。そして、同年六月五日の本件賃貸借の更新時に、当事者間に本件賃貸借を更新する旨の合意がなされたわけではないから、本件賃貸借は、同日、借家法の規定により、法定更新されたこととなった。

3  (催告)

被控訴人は、控訴人に対し、平成七年六月三日に到達した書面をもって、更新料六〇万円を支払うよう催告した。

二  争点

1  本件約定は、法定更新の場合にも適用されるか。

(被控訴人の主張)

(一) 本件約定は、合意更新であると法定更新とを問わず適用されるものというべきである。

(二) 仮に、本件約定が法定更新の場合に適用がないとすると、借主は、貸主からの更新の申入れを全て無視することで、契約更新をすべて法定更新とすることができ、その結果更新料の支払いを免れることが可能となり、公平を害する。

(控訴人の主張)

本件約定は、法定更新の場合には適用されないとするのが、文言にも当事者の意思にも合致する。

2  控訴人による相殺の許否

(控訴人の主張)

(一) 本件建物は、平成八年九月二二日に関東地方に来襲した台風一七号による風雨のため、雨漏りをきたし、これにより控訴人は、店舗設備等に修理費用合計九三万〇五六三円を要する損害を被った。この損害は、本件建物自体の欠陥により生じたことが明らかであるから、被控訴人は、右欠陥を早急に補修するとともに、控訴人に対し、右損害を賠償する義務がある。

(二)控訴人は、被控訴人に対し、平成八年一二月一〇日の当審第三回口頭弁論期日において、右損害賠償債権をもって、被控訴人の本訴請求債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

(被控訴人の主張)

(一) 控訴人の相殺の抗弁は、時機に遅れた攻撃防御方法であるから、民訴法一三九条により却下されるべきである。

(二) 控訴人が、どのような損害を被ったかは不知であるが、それらはいずれも本件建物の欠陥によるものではなく、台風による風雨の対策を怠った控訴人自身の責任により発生したものというべきである。

第三  争点に対する判断

一  争点1(法定更新の場合における本件約定の適用の可否)について

1(一) まず、本件約定を含む本件賃貸借の契約書一七条一項は、「本契約は、賃貸人と賃借人の協議により更新することができる。更新する場合は賃借人は、更新料として新家賃の2カ月分を賃貸人に支払うものとする。」と定めており(甲第一号証)、本件約定は、協議による更新を受ける形でこれと同一条項に規定されているから、合意による更新の場合を念頭において定められたものというべきであり、また、「新家賃」という表現からは、更新時に賃料の増減請求が行われ、そこで新家賃が合意されて更新することが予定されていると解するのが自然であるから、新家賃が定められることのない法定更新は、念頭に置かれていないものというべきである。

(二) 次に、更新料支払いの特約を締結する場合の当事者の合理的意思を推測すると、建物賃貸借の場合、合意更新がされると少なくとも更新契約の定める期間満了時まで賃貸借契約の存続が確保されるのに対し、法定更新されると爾後期間の定めのないものとなり、いつでも賃貸人の側から正当事由の存在を理由とした解約申入れをすることができ、そのため賃借人としては常時明渡しをめぐる紛争状態に巻き込まれる危険にさらされることになるのであるから、この面をとらえると、更新料の支払いは、合意更新された期間内は賃貸借契約を存続させることができるという利益の対価の趣旨を含むと解することができる。

(三) そもそも、建物賃貸借の法定更新の際に更新料の支払い義務を課する旨の特約は、借家法一条の二、二条に定める要件の認められない限り賃貸借契約は従前と同一の条件をもって当然に継続されるべきものとし、右規定に違反する特約で賃借人に不利なものは無効としている(同法六条)同法の趣旨になじみにくく、このような合意が有効に成立するためには、更新料の支払いに合理的な根拠がなければならないと解されるところ、本件において法定更新の場合にも更新料の支払義務を認めるべき特段の事情は認められない(例えば、被控訴人が主張するような、借主において貸主の申入をことさらに無視して話合に応じないため法定更新されるに至ったような場合は、貸主において実質上異議権を放棄したものとして、右特段の事情に当たると考える余地があるが、本件賃貸借においては被控訴人において契約解除を主張して明渡しの訴訟を遂行中に法定更新されたものであるから、右特段の事情があるとはいえない。)。

(四) このようにしてみると、本件賃貸借における更新料の支払いは、更新契約の締結を前提とするものと解するのが合理的であるから、本件約定は、合意更新の場合に限定した趣旨と認められ、法定更新された本件の場合には適用されないものというべきである。

2(一)  被控訴人は、本件賃貸借において更新料を支払う趣旨は、賃料の不足を補充するためであるから、法定更新と合意更新とを区別すべき合理的な理由はないと主張する。

しかしながら、適正賃料の算定にあったては、更新料の支払いの有無は必ずしも考慮されておらず(賃貸事例比較法などにおいて実質賃料を算定する際に更新料の運用益を考慮することはあるとしても)、また、実質的に考えても、本件賃貸借(甲第一号証)においては、賃貸人は賃貸借期間中でも賃料増額請求ができるとされている(三条)から、これにより適正な賃料を確保できること、更新料とは別個に保証金が差し入れられて明渡し時に一部償却が予定されている(五条、一三条、一四条、一七条一項)から、特に更新料により賃料を補充する必要性があるとは認めがたいことなどから、被控訴人の右主張を採用することはできない。

(二)  また、被控訴人は、かつて昭和五二年六月四日の本件賃貸借の更新期において、契約更新の合意ができず、同月一五日に至って初めて右合意ができたにもかかわらず、控訴人が更新料を支払った事実が存在するから、本件約定を締結した当事者間の意思としては、約定、法定の区別なく更新料を支払うものであったと主張する。

しかしながら、契約期間を経過した後の合意であったとしても、更新契約が存在する以上、右更新契約をした当事者間の合理的意思としては、期間満了時から期間を定めて更新し、右期間内は賃貸借契約を存続させる旨の合意をしたものと解することができるから、仮に被控訴人主張のとおり賃貸借期間満了後に至って初めて更新合意ができたにもかかわらず控訴人が更新料を支払った事実が存在したとしても、右更新料支払いは右のような内容の合意更新を前提としたものということができる。そうすると、被控訴人の右主張も採用することができない。

(三)  さらに、被控訴人は、別件明渡請求事件の終了後、控訴人が本訴請求にかかる更新料の分割払いを申し出た事実があるから、これにより右更新料の支払義務を承認したものであると主張する。

しかしながら、賃借建物の明渡しを請求された賃借人が、賃貸人に対し、その紛争(将来惹起されると予想されるものを含む。)を回避する目的で法的根拠の有無にかかわらず一定の金銭的給付を申し出ることはまま行われることであるから、右のような事実があったからといって、直ちに控訴人の負担する本来の法的義務の存否が左右されるものではない。したがって、被控訴人の右主張も採用することはできない。

二  以上によれば、その余の争点につき判断するまでもなく、被控訴人の本訴請求は理由がないから、これを認容した原判決は相当でない。よって、民訴法三八六条により原判決を取り消して被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官滿田明彦 裁判官宮武康 裁判官堀田次郎)

別紙<省略>

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